事例編#10|RIETIはなぜイケてるのか——日本のEBPMで「ちゃんと分からない」と言える組織
この回の要点
RIETIはなぜ日本のEBPMで目立つのか。研究と政策実務をつなぎながら、効果が不明なら「分からない」と明示し、因果推論・事前設計・公開レビューを重視する仕組みを、RIETIの公式資料と2025年度実績から丁寧に検証します。
文字起こし
ここでいう「イケてる」は、もちろん学術用語でも政府の評価指標でもありません。EBPM新聞編集部による表現です。
ただし、RIETIを評価する理由は「有名な経済学者がいるから」でも「経済産業省に近いから」でもありません。より重要なのは、政策に役立つ研究を求めながら、政策に都合のよい答えを最初から決めないための仕組みを、比較的多く持っていることです。
RIETIとは何をする組織なのか
「政策が学問的批判に耐えられるようにする」— RIETI『アニュアルレポート2025年度版』
RIETI、独立行政法人経済産業研究所は2001年に設立された政策研究機関です。独立行政法人経済産業研究所法では、国内外の経済・産業や経済産業政策について基礎的な調査研究を行い、その成果を経済産業政策の立案や社会の知識・理解の増進に活用することが目的として定められています。
RIETI自身は、行政機関から「一定程度の独立性」を持ちながら、行政官だけでなく大学、民間、海外の研究者を結び付ける政策形成のプラットフォームとして設立されたと説明しています。大学そのものではない。行政内部の一部局でもない。完全な民間シンクタンクでもない。政策現場の近くにいながら、研究者が政策を学術的に検証する中間領域に置かれています。
「政策に役立つ研究」と「政策を正当化する研究」は違う
行政と研究者が近ければ、それだけでEBPMになるわけではありません。距離が近すぎれば、「この政策をやるので、効果があることを証明してください」という逆転が起こる危険もあります。
本来の順番は、政策課題、仮説、検証可能な研究設計、データ、分析、結果を経て、政策の継続・改善・縮小・中止を判断することです。政策を先に正解と決めてからEvidenceを集めれば、Evidence-Based Policy MakingではなくPolicy-Based Evidence Makingになってしまいます。
RIETIの2025年度アニュアルレポートには、政策上の問題意識へ研究を近づける一方で、政策が学問的批判に耐えられるようにするという方向性が明記されています。政策から離れ過ぎれば研究は使われず、政策へ近づき過ぎれば研究が政策の説明資料になりかねません。RIETIの面白さは、その二つの間に制度的に立っているところにあります。
RIETIが「ちゃんと分からない」と言える理由
科学で強い組織とは、何にでも答えを出す組織ではありません。分からないものについて、分からない理由を説明できる組織です。
RIETIが公開しているEBPM解説では、no evidence of effectとevidence of no effectを明確に区別しています。前者は、まだ十分に検証されておらず効果があるかないか分からない状態です。後者は、適切な検証を行った結果、効果が確認されなかった状態です。
研究がない ≠ 効果がない。統計的に有意でない ≠ 効果がゼロ。効果がありそう ≠ 因果効果が確認された。ロジックモデルがもっともらしい ≠ 政策が実際に効く。この不確実性を消さずに説明する姿勢が、RIETIの公開資料には明確に表れています。
健康診断についても「日本ではよく分からない」と書ける
2026年に公開された関沢洋一上席研究員のEBPM入門では、一般的な健康診断について海外のRCTを統合した研究で、死亡や重大疾患を減らす明確なEvidenceが得られていない一方、近年には効果を示唆するRCTも存在すると整理されています。
さらに日本の定期健康診断やメタボ健診については、政策としての最終的な効果はよく分かっていないと明記し、より適切な効果検証が必要だとしています。政策研究機関にとって「分からない」は失敗ではなく、分かっている範囲と分かっていない範囲を分離できた状態です。
ロジックモデルさえ「仮説」と言える
ロジックモデルは、インプット、アクティビティ、アウトプット、アウトカム、インパクトという政策の流れを整理する便利な道具です。しかし、矢印を書いただけで因果関係が成立するわけではありません。
RIETIはロジックモデルを明確に仮説と位置付けています。予算を投入した、事業を実施した、参加者が増えた、社会が良くなったという矢印が実際に成立するのかを一つずつ検証する必要があります。きれいなロジックモデルと正しい政策は別物です。
「EBPMを導入したからEvidenceが使われる」とも決めつけない
RIETIはEBPMそのものも評価対象にしています。自治体職員を対象としたコンジョイント実験では、Evidenceが政策立案時の選択へどの程度影響するのかを分析しています。
EBPMという言葉を使った ≠ Evidenceが使われた。ロジックモデルを作った ≠ 因果効果を検証した。データを載せた ≠ Evidence-Basedになった。EBPM推進機関が、EBPM推進そのものを検証対象にしている点は評価できます。
「事業が終わってから評価する」だけではない
事業が終わってから効果を測ろうとしても、比較対象、ベースライン、制度導入前データ、対象者選定ルールがなければ評価には限界があります。
RIETIは2022年4月にEBPMセンターを設置し、事業開始前からデータや効果検証の設計を政策当局と検討する方式へ広げています。2026年4月には、経済産業省が公表した大規模事業13件の効果検証シナリオについて、外部研究者を含むアドバイザリー・ボードの意見も踏まえたアドバイスを公開しました。優れた分析より、評価できる制度設計の方が先に必要になる場合があります。
Discussion Paperを「完成した真理」として扱っていない
RIETIは、論文が原則として内部レビューを経て掲載されること、掲載後も改訂されること、見解は執筆者個人の責任であり組織の公式見解ではないことを明示しています。
研究者同士が違う結論を出してもよく、新しいデータで結論が変わってもよく、改訂してもよい。ただしDiscussion Paperの内部レビューは、学術誌の外部査読と同じではありません。研究デザイン、データ、限界、後の査読誌掲載などを個別に確認する必要があります。
研究を「論文」で終わらせず、政策へ翻訳している
RIETIではDiscussion Paperだけでなく、Policy Discussion Paper、ノンテクニカルサマリー、Research Digest、政策分析論文、シンポジウム、BBLセミナー、各種データベースなど複数の形で研究成果を公開しています。
Evidenceの品質だけではなく、Evidenceを政策へ移動させる仕組みも必要です。Knowledge TranslationやKnowledge Brokerageと呼ばれる領域ですが、RIETIは研究機関そのものがその橋渡し機能を持っています。
数字で見ると「政策と研究の距離」がかなり近い
RIETIの2025年度アニュアルレポートによると、7つの研究プログラムで69の研究プロジェクトを実施し、研究成果が政府の白書や審議会資料などで活用された事例は89件ありました。
ただし89件使われたから、89件の政策が改善した、すべて因果効果を検証した、RIETIが89件の政策を決定したという意味ではありません。これは政策との接続を示すOutput指標であり、政策Outcomeが改善したかは別途評価する必要があります。
RIETIが経済産業省に近いことは、強みでありリスクでもある
RIETIは独立行政法人ですが、完全に政府から独立した大学や民間財団ではありません。研究者が現実の政策課題を知り、行政が最新研究へアクセスし、行政データを研究に利用し、研究成果が実装へ届くことは大きな強みです。
一方、政策当局が重要だと考える課題へ研究資源が集中する可能性、研究課題設定が政府アジェンダに影響される可能性、否定的結果が心理的に歓迎されにくくなる可能性もあります。
だから重要なのが、研究者個人の見解と組織見解を分け、研究を公開し、方法を明示し、改訂を認め、外部研究者を参加させ、「分からない」という結論を許容する仕組みです。政府に近いまま研究の批判可能性をどこまで維持できるかを見るべきです。
RIETIを「日本最強のEBPM機関」と断定する必要はない
会計検査院、内閣府、総務省、各省庁のEBPM部局、大学、地方自治体、民間研究機関はそれぞれ役割が違います。RIETIは政策を決定する行政機関でも、独立した事後監査機関でもありません。その強みは、大学・研究者と政策当局の間で研究と政策形成をつなぐことにあります。
「分からない」と言える組織は、政策を弱くするのか
むしろ反対です。政策の効果はまだ分からない、このデータでは因果関係までは言えない、ロジックモデルは仮説にすぎない、追加データが必要だ、検証可能な制度設計へ変更した方がよい。こうした発言は地味ですが、EBPMに必要です。
政策形成は研究論文の最終ページではありません。新しいEvidenceが入れば判断を更新する必要があります。分からないことを分からないまま残しておける組織の方が、後から学習できます。
RIETIの強さを一枚で整理する
政策現場との近さ、研究者ネットワーク、ミクロデータ、因果推論、内部レビュー、研究成果の公開、改訂可能性、EBPMセンターによる事前設計、「分からない」を許容する仕組みが、Evidence、Policy Discussion、Implementation、Evaluation、Learningへつながります。
重要なのは、EvidenceからPolicyへ一方向に矢印を引いて終わらないことです。実装して評価し、分からなければ追加研究し、間違っていれば更新する。政策が学習できる状態を作る構造がEBPMに近いのです。
結論——「ちゃんと分からない」は、かなり高度な能力である
RIETIが面白いのは「Evidenceを重視しています」と掲げることではありません。日本のEBPMの問題そのものを研究し、因果推論を重視し、事業開始前から評価設計へ入り、ロジックモデルを仮説として扱い、EBPMを導入してもEvidenceが使われるとは限らないと検証し、政府制度についても効果が不明なら「分からない」と書きます。
もちろん、経済産業省所管で政府の政策課題から完全に自由ではなく、Discussion Paperのすべてが外部査読済みでもなく、89件という数字も政策効果を示すものではありません。だからRIETI自身もEvidenceに基づいて評価する必要があります。
強い組織とは、答えをたくさん持つ組織ではありません。何が分かっているか、何が分かっていないか、どうすれば次に分かるようになるか。それを分けて説明できる組織です。EBPM新聞がRIETIを「イケてる」と呼ぶ理由は、そこにあります。
FAQ
Q: RIETIとは何ですか?
A: 独立行政法人経済産業研究所の略称で、2001年に設立された政策研究機関です。経済・産業・経済産業政策について理論的・実証的研究を行い、政策立案への貢献や研究成果の社会への普及を担っています。
Q: RIETIは経済産業省の一部ですか?
A: 経済産業省内部の一部局ではなく、法律に基づいて設立された独立行政法人です。一方、経済産業省所管であり、完全に政府から独立した研究機関という意味ではありません。
Q: RIETIはEBPM専門機関ですか?
A: EBPMだけを研究する機関ではありません。幅広い政策研究を行い、その中に政策評価(EBPM)プログラムやEBPMセンターがあります。
Q: なぜRIETIは「分からない」と言える組織なのですか?
A: 「Evidenceがない」と「効果がないEvidenceがある」を区別し、効果が不明な場合は不確実性を明示し、ロジックモデルも検証が必要な仮説として扱うからです。
Q: RIETIのDiscussion Paperは査読論文ですか?
A: 原則として内部レビューを経ますが、学術誌の外部査読と同じではありません。掲載後に改訂されることもあり、組織の公式見解ではなく執筆者個人の責任で公表されます。
Q: RIETIの研究は実際の政策に使われていますか?
A: 2025年度には白書や審議会資料などで89件の活用事例が報告されています。ただし、利用件数は政策効果そのものを意味しません。
Q: RIETIが日本で最も優れたEBPM機関なのですか?
A: 客観的ランキングはありません。RIETIは研究と政策形成を接続する機能に強みがありますが、他機関は異なる機能を担います。
関連エピソード
EBPMとは何か——政策を学習させる証拠に基づく政策立案
https://ebpm.jp/episodes/theory-01-what-is-ebpm
EBPMとEIPMの違い——エビデンスを「基づく」から「踏まえる」へ
https://ebpm.jp/episodes/theory-11-ebpm-eipm
会計検査院こそ最強のEBPM機関なのか——独立した事後検証を考える
https://ebpm.jp/episodes/impl-03-board-of-audit
主な参考資料
RIETIとは
https://www.rieti.go.jp/jp/about/about.html
独立行政法人経済産業研究所法
https://www.rieti.go.jp/jp/about/org_2.html
アニュアルレポート2025年度版
https://www.rieti.go.jp/jp/about/annual_report_2025/RIETI2025AR_J.pdf
プログラム(2024-2028年度)
https://www.rieti.go.jp/jp/projects/program_2024/
政策評価(EBPM)
https://www.rieti.go.jp/jp/projects/program_2024/pg-09/
EBPMセンターについて
https://www.rieti.go.jp/jp/about/activities/22040101/
大規模事業EBPM効果検証シナリオへのアドバイス
https://www.rieti.go.jp/jp/about/activities/26042701/
RIETI「論文」
https://www.rieti.go.jp/jp/data/index.html
関沢洋一「EBPMとは何か?」
https://www.rieti.go.jp/jp/special/ebpm_report/002.html
健康診断・保健指導を例にしてエビデンスについて考える
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/26050018.html
ロジックモデルで政策の確からしさを高める
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/26080003.html
エビデンスは政策立案に影響を及ぼすか?
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/26030010.html
経済産業省「独立行政法人の評価について」
https://www.meti.go.jp/intro/koueki_houjin/a_index_14.html
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