EBPM

理論編#01|EBPMとは何か——政策を学習させる証拠に基づく政策立案

このエピソードの概要

「なんとなく良さそう」「昔からやっているから」——そんな理由で何百億円もの税金の使い道が決まっていたとしたら?第1回のテーマは、この状況を根本から変えようとするEBPM(証拠に基づく政策立案)です。

EBPMは「データが正解を自動的に弾き出す魔法の箱」ではなく、目的を明確にし、証拠を集め、効果を検証して次に活かすという政策の「学習システム」。その起源である1990年代の医療分野(EBM)から説き起こし、政策評価で最大の罠となる「相関と因果の混同」を、病院とタブレット配布の例で解説します。

さらに、因果を見極める最強のツールであるRCT(ランダム化比較試験)と、それが使えない場面で活躍する「差の差分析」などの準実験手法を紹介。一方で、データが完璧でも「価値判断」は人間にしかできないというEBPMの限界、手書きFAXや画像PDFに象徴される日本の行政のデータ基盤の課題にも踏み込みます。

後半では、証拠を現場向けに「翻訳」する英国のWhat Works Network、測定を政策設計の前提にした米国のエビデンス法、そして横浜市の教育DXや世田谷区の体制整備など、国内自治体の実践例を紹介。最後に「データがないと動けない社会」の危うさという問いを残して締めくくります。

文字起こし

出演:EBPM新聞記者・ヴェレ、EBPM新聞記者・シン

もし政策が「思いつき」で決まっていたら

ヴェレ 想像してみてください。私たちの生活を左右する、何百億円もの税金を使った教育プログラムや医療政策が、実は、ある政治家がディナーの席で聞いた感動的なエピソードや、「なんとなく昔からやっているから」という理由だけで決まっていたとしたら——少し怖くありませんか?

シン 冗談のような話に聞こえるかもしれませんが、実際には、検証されないまま慣習的に続けられている政策は世界中に数多く存在します。

ヴェレ 今回のテーマは、まさにその状況を根本から変えようとする大きな動きです。用意した資料は、日本の内閣府や厚生労働省の公式文書、OECDやWHOのガイドライン、さらに最新の学術レビューまでを網羅した総合レポート「EBPMとは?2026」。テーマはずばり、「EBPM:証拠に基づく政策立案」です。

最初に一つだけお伝えしておきたいことがあります。EBPMと聞くと「冷酷なAI」や「データが人間を支配するシステム」といった誤解をされがちですが、まったく違います。これは私たちの社会を良くするための、いわば「政策の学習システム」なのです。

シン そこは非常に重要な出発点です。もともとEBPMは、1990年代に医療分野で確立された「根拠に基づく医療」、いわゆるEBMのアプローチに端を発しています。それが今では、国家や自治体の統治手法として、世界中で最も活発に議論されるテーマの一つになっています。

EBPMとは何か——正解を出す機械ではなく「プロセス」

ヴェレ では早速紐解いていきましょう。私たちは「声の大きい人」の意見に頼る政策決定から脱却したいわけですが、そもそもEBPMとは具体的に何をすることなのでしょうか。

シン OECDの定義を見ても、「データを入れれば正解が出てくる魔法の箱ではない」という点が強く強調されていますね。

ヴェレ その通りです。「特定の正解を自動的に導き出すツール」と思われがちですが、実際には政策の「作法」や「プロセス」を指す言葉です。まず「何のための政策か」という目的を明確にする。次に利用可能な最良の証拠を集める。そして実施した後に、本当に効果があったのかを検証して次に活かす。この一連のサイクルを作ること自体がEBPMなのです。

シン これはダイエットに似ていると思いながらレポートを読んでいました。テレビで「バナナを食べれば痩せる」という一つのエピソードを見て飛びつくのが、従来の悪い政策決定だとします。それに対してEBPMは、まず目標体重を決め、毎日の摂取カロリーと体重をデータとして記録し、1か月後に「なぜ痩せたのか、あるいは痩せなかったのか」を客観的に振り返って次の計画を立てる。そういう仕組みを構築するようなものですね。

ヴェレ 素晴らしい比喩です。まさにその「問いと測定の設計図を最初に描く」ことがEBPMの核心です。

医療のEBMと政策のEBPMはどう違うのか

ヴェレ ここで興味深いのが、起源である医療分野のEBMとの違いです。医療の世界であれば、臨床試験で「この薬が効く」という強いデータが出れば、それを患者に処方するという直線的なアプローチが成り立ちます。

シン 薬は、人間の政治的な立場や文化を気にしませんからね。

ヴェレ ええ。しかし政策ではそうはいきません。新しい税制や教育方針には、複雑な利害調整や地域の事情がどうしても絡んできます。

シン ある地域で成功したからといって、別の地域にそのまま移植してもうまくいかないことは多そうです。

ヴェレ まさに学術レビューでもその点が指摘されています。だからこそ、単にデータをどこかから持ってくるだけではなく、社会との対話を通じて「どのデータを証拠として採用するか」をすり合わせる。そのプロセス自体が必要になるのです。

相関と因果の混同——政策評価の最大の罠

シン 検証する仕組みの重要性はよく分かりました。では、そもそも政策の効果はどうやって測るのでしょうか。レポートで最も印象的だったのが、「相関関係と因果関係の混同」という罠です。

ヴェレ 統計の基本にして最大の罠ですね。

シン 例えば「市内で一番死亡率が高い場所は病院だ。よし、死亡率を下げるために病院を全部閉鎖しよう」と言ったら、これは完全に狂気です。

ヴェレ 恐ろしい結論です。重症の人が病院に集まっているだけであって、病院が人を死なせているわけではありません。

シン ところが政策の世界では、これと似た勘違いが現実に起きています。例えば「タブレット端末を配った学校の生徒は成績が良い」というデータを見たとき、それが「タブレットのおかげ」なのか(因果)、単に「もともと裕福で教育熱心な地域の学校だから」なのか(相関)。これを切り分けないと、とんでもない税金の無駄遣いになってしまいます。

ヴェレ だからこそ、「因果推論」という技術がEBPMの心臓部になります。因果推論とは、「もしその政策を実施していなかったらどうなっていたか」という「反事実仮想」をあぶり出す手法です。その中で最も強力なツールとされているのが、RCT——ランダム化比較試験です。

RCTと準実験——効果をどう測るか

シン RCTは、対象者を「くじ引き」のように、政策を実施するグループと実施しないグループに無作為に分ける方法ですね。

ヴェレ ええ。無作為に分ければ、もともとの裕福さや教育熱心さといった背景要因が両グループで平均化されるので、純粋な政策の効果だけが見えてきます。

シン ノーベル経済学賞を受賞した研究者たちが設立した「J-PAL」という機関も、このRCTを重視していますね。では、すべての政策をRCTで検証すれば完璧なのでしょうか。

ヴェレ そう思いたくなりますが、厚生労働省の議事概要を見ると、現実の行政ですべての政策にRCTを適用するのは不可能だという実務上の壁が率直に語られています。

シン 例えば新しい年金制度を導入するときに「あなたはくじ引きで外れたので新しい年金は受け取れません」と言ったら、大問題になりますからね。

ヴェレ そうなのです。倫理的な問題があるケースや、一律で全国展開しなければならない政策では、くじ引きはできません。そこで登場するのが「準実験」と呼ばれる手法群です。代表的なものに「差の差分析」があります。

シン その「差の差分析」を、もう少し分かりやすく教えてもらえますか。

ヴェレ もちろんです。環境も人口規模もそっくりな、双子のようなA市とB市があるとします。A市だけが新しい政策を導入しました。このとき、A市の「導入前」と「導入後」だけを比べるのではなく、A市の変化幅からB市の変化幅を引き算するのです。

シン なるほど。仮にその期間に全国的な好景気があって両方の市が自然に成長していたとしても、何もしていないB市の成長分を差し引けば、純粋に政策によって上乗せされた効果だけが抽出できるわけですね。

ヴェレ その通りです。ほかにも、既に存在する膨大なデータから条件を揃えて比較する「観察研究」という方法もあります。ただし医学誌『JAMA』のレビューでも警告されている通り、観察研究には「データに偏りがない」という非常に強い前提が必要になります。

データだけでは決められない——価値判断という領域

シン ここからが本当に面白いところです。仮に、そうした統計ツールを駆使して完璧なデータが得られたとします。では、データさえ揃えば、正しい政策が自動的に決定されて社会はうまくいくのでしょうか。

ヴェレ そこがEBPMの最大の限界であり、私たちが直面する「リアリティチェック」です。データが完璧でも、それを現実の社会で実行できるかどうか、そして「実行すべきかどうか」は、まったく別の次元の話なのです。WHOの枠組みや、パークハーストの「証拠のガバナンス」という概念がそれを明確に示しています。EBPMには、データの強さだけでなく、公平性、実現可能性、費用対効果、そして何よりも「価値判断」が不可欠です。

シン 例えば、富の再分配や税率の引き上げといった政策を考えてみます。誤解のないように言っておくと、ここで特定の政治的立場が正しいと言いたいわけではなく、あくまで例としてです。データは「Aという税制を採れば、Bという層の所得がこれだけ増える」というメカニズム、つまり客観的な事実を教えてくれます。しかし、その再分配を行うことが「この社会にとって道徳的に正しいのか」という最終判断は、データには決してできません。

ヴェレ その通りです。特定の政策がもたらす結果が判明しても、それを社会がどう受け止めるかは、政治的立場や個人の価値観によって異なります。データはあくまでナビゲーションシステムであって、目的地を決めてハンドルを握るのは、社会の民主的なプロセスと人間の価値判断なのです。

日本の現実的な壁——データ基盤の弱さ

シン また、日本の現状に関するレポートを読むと、高度な統計以前の、もっと泥臭い壁があることにも驚かされました。野村総合研究所(NRI)の調査はかなり率直でしたね。世界最高のデータサイエンティストを連れてきても、現場では手書きの書類をファックスで送り、それを別の担当者がスキャンして、文字検索すらできない画像PDFとして保存している。この状態では、何の分析もできません。

ヴェレ まさに「データ基盤の弱さ」です。まずデータを機械が読める形式で整理し、現場の職員全員がデータを記録して活用する文化を根付かせなければ、どれほど立派な分析部署を作っても機能しません。

シン だからこそ、グローバルに見ると、EBPMに成功している国は個別の分析手法よりも「組織の仕組み」や「文化づくり」に大きな投資をしているのですね。

英米の先進事例——「翻訳」と「事前設計」

ヴェレ 現場への落とし込みという点で、英国と米国の事例は非常に参考になります。まず英国の「What Works Network」です。

シン あの仕組みは画期的です。要するに「証拠の翻訳家」ですね。現場の学校の先生やソーシャルワーカーが、日々の業務に追われながら50ページの難解な学術論文を読むことは現実的ではありません。そこでこの機関が世の中の証拠を集約し、例えば「読字障害(ディスレクシア)の生徒にはこの3つの指導法が効果的」といった、わずか2ページの実践ガイドに翻訳して現場に届けている。象牙の塔と現場の架け橋になっているわけです。

ヴェレ その「翻訳機能」こそが、EBPMを絵に描いた餅にしないための鍵です。一方の米国は、「エビデンス法(Evidence Act)」という法律で「学習アジェンダ」を制度化しました。

シン これも強力な仕組みです。各省庁は予算を申請する前に、「今年解くべき最優先の問いは何か」「その効果を測るためにどんなデータをどう集めるか」を事前にリストアップしなければなりません。

ヴェレ 「とりあえずやってみて、評価は後から考える」のではなく、「測れるように設計してから実行する」という、根本的な発想の転換ですね。

日本の自治体の実践——横浜市と世田谷区

シン こうした動きは、決して遠い外国だけの話ではありません。身近な自治体でも、静かに、しかし確実な変化が起きています。レポートで紹介されていた横浜市の「教育DX」は、私たちの生活に直結する事例です。

ヴェレ 横浜市は、期末テストの点数だけを見ているわけではありません。日々の出席状況、デジタル学習のログ、さらには生徒の意識調査のデータを掛け合わせています。これにより、テストの点数は普通でも、学習ログの動きや意識調査のわずかな変化から、「この子は今、見えないところでSOSを出しているかもしれない」という兆候を早期に発見できるのです。

シン 問題が大きくなって不登校に至る前に、学校側が先回りしてサポートできる。データを単なる評価ではなく、現場の改善アクションにつなげている好例ですね。

ヴェレ もう一つ、世田谷区の事例も象徴的です。世田谷区は高度な分析に飛びつく前に、まず「オープンデータの品質向上」と「庁内の体制整備」に力を入れています。

シン 先ほどの「画像PDFの壁」を壊す作業ですね。

ヴェレ その通りです。基礎的なデータが綺麗に整備されれば、市民や民間企業もそのデータを使って「こういう政策の方が良いのでは」と提案できるようになります。

まとめ——EBPMは市民全員のテーマである

シン では、これは聴いている皆さんにとって、どんな意味を持つのでしょうか。

ヴェレ もしこのEBPMという「作法」が国や自治体で当たり前になれば、「なんとなく良さそう」という理由だけで使われていた無駄な税金が止まります。そして浮いた予算が、本当に効果があると証明された子育て支援や防災対策、教育プログラムに回るようになる。回り回って、あなたの日常の質が直接的に向上するということです。

シン それこそが、EBPMが一部の専門家だけのものではなく、すべての市民が関心を持つべきテーマである最大の理由です。今日の内容を振り返りましょう。

ヴェレ 最も重要なメッセージは、「EBPMは正解を出す機械ではなく、組織全体で問いを立て、測り、学び、変えるという回路を回し続けるための学習システムである」ということでした。

シン 少数の天才的なデータサイエンティストに頼るのではなく、現場の泥臭いデータ整備から社会的な価値判断に至るまで、関わるすべての人で回していくプロセスなのです。

最後の問い——「データがないと動けない社会」でいいのか

ヴェレ ここまでデータや過去の証拠の重要性をお話ししてきましたが、最後に一つ、考えてみてほしいことがあります。EBPMは「過去に効果があった」という証拠を重視します。しかし、もしすべての政策が過去の証拠だけで決まるようになったら、どうなるでしょうか。気候変動による未知の災害や、まったく新しいタイプの社会問題が発生したとき、そこには過去のデータが存在しません。あるいは、少数派の人々が提案する画期的なアイデアが、「データがないから予算はつけられない」と切り捨てられてしまうかもしれない。

シン 非常に鋭く、EBPMの核心を突く懸念だと思います。政策が「声の大きい人」だけで決まるのは危険ですが、「データがないと一歩も動けない社会」もまた、イノベーションの芽を摘む新しい「壁」になり得ます。

ヴェレ 私たちはこれから、AIや膨大なデータとどう付き合い、そこに人間らしい直感や勇気をどう組み合わせていくべきか。ぜひ、あなた自身の視点で考えてみてください。それでは、また次回の深掘りでお会いしましょう。

関連エピソード

Spotifyで聴く

Apple Podcastsで聴く

この活動を、一緒に続けませんか

EBPM新聞のPodcast・記事・文字起こしは、すべて無料で公開しています。広告も、有料会員制度もありません。「証拠に基づいて考える文化」を広めるこの活動は、EBPM・統計・メタ分析をモチーフにした公式グッズの収益で支えられています。

1枚のTシャツやステッカーが、次のエピソードの制作費になり、あなたの持ち物がEBPMの会話を始めるきっかけになります。

公式グッズで応援する

EBPM.jp

Evidence-Based Policy Makingを、読む・聞く・考えるための入口。外部ストア、note、Podcast配信先へのリンクを整理するメディアハブです。

Evidence-Based Policy Makingを、読む・聞く・考えるための入口。外部ストア、note、Podcast配信先へのリンクを整理するメディアハブです。

No login. No membership. No comments. No personal information collection in this draft.