EBPMとEBMの違いとは?
この記事の概要
EBPM(根拠に基づく政策立案)とEBM(根拠に基づく医療)は何が同じで、何が違うのか。エビデンスの種類、RCT、ロジックモデル、システマティックレビュー、バイアスまで、政策と医療の意思決定を比較しながら基礎から整理します。
エビデンスに基づく政策立案と医療の基礎知識
エビデンス(根拠)に基づいて意思決定を行うアプローチは、医療分野ではEBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づく医療)として広く知られています。
一方、行政や政策の世界でも同様にEBPM(Evidence-Based Policy Making:根拠に基づく政策立案)が注目されるようになりました。どちらも「経験や勘」ではなく客観的なデータや研究結果に基づいて判断しようという流れですが、具体的に何が同じで何が違うのでしょうか。

分野は違えど、拠り所はエビデンスである。
証拠の質を高める国際的ガイドラインであるPRISMA声明の概要、研究における誤差(エラー)とバイアスの違い、そして研究成果の公開に偏りが生じる出版バイアスの問題と対策についても取り上げます。
EBPMとEBM:エビデンスに基づく政策立案と医療の比較
まずは政策立案と医療、それぞれにおける「エビデンスに基づく」アプローチの基本を押さえましょう。EBM(Evidence-Based Medicine)とEBPM(Evidence-Based Policy Making)は名前が似ていますが、適用される領域や方法には違いがあります。それぞれの概要と、共通点・相違点を整理します。
EBM(根拠に基づく医療)とは
EBM(Evidence-Based Medicine)は、医療の現場で科学的根拠に基づいて最適な医療を提供しようとする考え方です。具体的には、医師や医療従事者が患者さんの治療方針を決める際に、自分の経験や勘だけに頼るのではなく、信頼できる科学的研究の結果(エビデンス)を重視することを指します。1990年代に提唱されて以来、医療界に広く浸透しました。

手法は異なるが、根拠に基づく意思決定という思想は共通する。
EBMの実践では、以下のポイントが重要とされています。
信頼性の高い研究結果の活用:例えばランダム化比較試験(RCT)やメタアナリシスなど、バイアス(偏り)が少ない方法で得られた質の高い研究成果を参考にします。エビデンスの信頼度は研究デザインによって階層化されており、システマティックレビューやメタアナリシスによる総合的な知見が最も強い根拠と見なされます。個々の小規模研究より、大規模で厳密な試験の集積データの方が信頼できるからです。
臨床経験との統合:EBMといっても、医師の経験や患者さんの状況を無視するわけではありません。研究で「平均的に有効」とされる治療も、目の前の患者さんに適さない場合があります。EBMでは、科学的根拠と医療者の専門知識、さらに患者さんの価値観や希望を統合して最適な治療決定を行います。
常に最新の情報を反映:医学は日進月歩で新しいエビデンスが蓄積されます。EBMを実践する医療者は、最新の研究結果やガイドラインを学び続け、治療方針のアップデートを行います。例えば新薬の有効性・安全性について新たな知見が報告された場合、それを診療に取り入れる努力が求められます。
要するにEBMは、「科学的に裏付けられた治療を選択し、患者に提供する」ためのフレームワークです。テレビドラマで描かれるような勘や度胸による劇的な治療ではなく、地道に蓄積されたデータに基づいて治療法を判断するため、患者にとっても安心感や信頼感につながるアプローチと言えるでしょう。

強い証拠ほど希少である。だから階層を理解する。
EBPM(根拠に基づく政策立案)とは
EBPM(Evidence-Based Policy Making)は、行政や政策の分野でエビデンスを活用して効果的な政策を立案・実施しようという考え方です。日本語では「根拠に基づく政策立案」または「証拠に基づく政策立案」と訳されます。従来、政策は政治家や行政官の経験則や前例、時には場当たり的な判断で決まることもありました。しかしそれでは政策の効果検証や説明責任(アカウンタビリティ)が不十分だという反省から、客観的なデータや分析結果に基づいて政策を決めようという動きが広がっています。
EBPMが重視される背景には、政策の有効性を高めたいというニーズがあります。例えば予算配分一つとっても、「なんとなく重要そうだから」ではなく統計データや調査結果を根拠に判断すれば、限られた資源で最大の成果を上げられる可能性が高まります。実際、欧米では行政サービスや社会政策の分野でRCT(ランダム化比較試験)の手法を取り入れ、ある政策介入が本当に効果を発揮するか厳密に検証する試みも行われてきました。こうした流れの中で、日本でも近年EBPM推進が叫ばれており、各省庁で専門部署が設置されるなど取り組みが進んでいます。

無作為化は、交絡を均す技術である。
EBPMの実践では次のようなプロセスが取られます。
政策目的の明確化と論理モデルの構築:まず解決したい社会課題や政策目標を明確にし、それを達成するための因果関係(ロジックモデル)を整理します。「投入→活動→産出→成果」といった形で、政策がどのように目標達成につながるか筋道を立てて描く作業です。例えば子育て支援政策なら、「予算投入(保育士増員)→活動(保育サービス拡充)→産出(利用家庭の増加)→直接成果(待機児童数減少)→最終成果(出生率向上)」といったロジックを検討します。

直感は強い。しかし、検証なしでは危うい。

ロジックは仮説。検証して初めて証拠になる。
根拠となるデータの収集・分析:次に、その政策手段の効果を裏付けるデータや研究を収集します。国内外の統計データ、過去の施策の結果分析、専門家による調査研究など、利用できるエビデンスを幅広く集めます。場合によっては新規に実験的な試み(パイロット事業)を行いデータを取ることもあります。集めた情報を統計手法で分析し、「この政策は目標に有効か?」を検証します。

相関は出発点。因果は検証の結果。
意思決定と実施:分析結果に基づき、効果が期待できると判断された政策案を採用します。逆にエビデンスが不十分な政策は見直したり、中止する決断も含まれます。こうして決定された政策を実施に移します。
効果の検証とフィードバック:政策実施後、その成果をモニタリングし、当初設定した指標(KPI)の改善が見られるか検証します。想定通り効果が出ていれば継続・拡大し、期待した効果が出なければ原因を分析して政策を修正します。このPDCAサイクルを回すことで、政策の質を継続的に向上させます。

測ることは必要だが、測られ方は設計すべきである。
EBPMの利点は、こうしたサイクルを通じて行政の効率化や透明性向上に寄与する点にあります。客観的データに基づくため、納税者や関係者に説明しやすく、納得感のある政策運営が可能になります。また、証拠に反する無駄な事業を減らし、効果が証明された事業に資源を集中できるため、結果として社会的インパクトを高められると期待されています。日本では特に内閣府が中心となり「統計改革」等と連動してEBPMを推進しており、自治体レベルでも観光政策や福祉政策など様々な分野で導入事例が増えています。
EBMとEBPMの共通点と相違点
では、医療のEBMと政策立案のEBPMはどのような点で似ていて、どのような点で異なるのでしょうか。専門家の視点からポイントを整理します。
共通点:
科学的根拠の重視:EBMもEBPMも、「何かを決める時には客観的な根拠を使おう」という思想が根底にあります。直感や慣例に頼らず、データや事実に基づいて判断するという姿勢は共通です。いずれも意思決定プロセスの質向上や結果の改善を目指しています。
評価とフィードバック:どちらも実施後の効果検証を重視します。EBMでは患者の予後や治療効果を追跡評価し、診療ガイドラインにフィードバックします。EBPMでも政策実施後に評価(政策評価)を行い、次の政策見直しに活かします。つまりPDCA(Plan-Do-Check-Act)の考え方を内包しています。
組織文化への変革:経験や勘に頼る古いスタイルから、データ駆動型の文化へ変えていく点も似ています。これには人材育成や組織内の意識改革が必要で、医療現場でも行政組織でもエビデンス活用を根付かせるにはリーダーシップと教育が重要とされています。
相違点:
扱う課題の性質:EBMが対象とするのは患者個人の診療上の問題(この薬は効くのか、この治療法は安全か等)であり、比較的明確な評価軸(患者の健康アウトカム)があります。一方EBPMの扱う政策課題は、社会問題や公共サービスの改善など多面的な目標を持つことが多いです(経済効果、平等性、市民満足度など)。評価指標が複数かつ利害関係者も多様です。
エビデンスの種類:医療のエビデンスは臨床試験や疫学研究など定量的で厳密な実験データが中心です。特にRCT(ランダム化比較試験)はバイアスを抑え因果関係を証明する「ゴールドスタンダード」です。一方政策の世界では、RCTのような厳密な実験が必ずしも可能ではありません。倫理的・現実的制約や、国全体・自治体単位で実験群と対照群を設定する難しさがあります。そのため統計データの分析や観察研究、場合によっては定性的な事例研究などもEBPMのエビデンスに含まれます。言い換えれば、EBPMの根拠はEBMに比べて多様であり、証拠の質にも幅があります。

介入がなければ同じ推移だったはずだ、という仮定。

閾値の前後は、ほぼランダムに近い。
データ取得の困難さ:EBMでは臨床試験のプラットフォームや医療データベース(PubMedなど)が整備され、多数の患者データが得られる環境があります。医学分野では統計的に有意な結果を得るため大規模試験が行いやすい土壌があります。しかし政策分野では、実験の数も繰り返しも限られ、統計的因果推論に充分なデータが得られない場合も多々あります。そのためEBPMでは限られたデータから推論する工夫が必要で、ロジックモデルによる推測やシミュレーションなどで補完するケースもあります。
実施までのタイムスケール:医療は個々の患者への処置であり、エビデンスに基づく意思決定は比較的短期的なサイクル(診療ごと、あるいはガイドラインは数年おき改訂)です。一方政策は立案から効果が現れるまで年単位・場合によっては世代を超えて影響が出る長期的なものもあります。エビデンス収集から結果のフィードバックまで、時間軸が長いのがEBPMの特徴です。その間に社会情勢が変化したり政治的要因が介入することもあり、EBMより不確実性が高くなります。
成果の判断基準:医療の成果は患者の健康改善や生命予後といった指標で測られ、かなり直接的・客観的です。政策の成果は例えば経済成長率の向上、犯罪率の低下、幸福度の向上など様々で、価値判断や社会的合意が絡む場合があります。同じデータを見ても評価が分かれることがあり、EBPMではエビデンスの解釈にも議論が必要になる場面があります。
以上をまとめると、EBMとEBPMはいずれも「エビデンスを活かす」という点で共通していますが、医療と政策という異なる世界ゆえに扱う課題・エビデンスの種類・手法に違いが生じます。EBPMはEBMをモデルに発展したとも言われますが、そのまま医療のやり方を政策に当てはめられない難しさも認識する必要があります。それでも両者に通底する「より良い結果を出すために事実に学ぶ」という姿勢は、現代の専門職に共通する重要な倫理と言えるでしょう。
システマティックレビューとPRISMA声明:質の高いエビデンスを得る仕組み
エビデンスに基づくアプローチでは、「エビデンスの質」が極めて重要です。質の低い情報に頼っては、いくら形式だけEBM/EBPMを取り入れても良い成果には結びつきません。そこで医学・ヘルスケア分野では、研究結果を総合的に評価する方法としてシステマティックレビューやメタアナリシスが発達し、その報告手順を定めたPRISMA声明というガイドラインが作られました。政策分野に直接の対応物はありませんが、エビデンス活用の基盤として知っておく価値があります。
システマティックレビューとメタアナリシスとは
システマティックレビュー(Systematic Review)とは、特定の研究課題に関する既存の研究論文を網羅的に集め、厳密かつ透明性の高い手法で統合・評価する研究手法です。簡単に言えば、「あるテーマについて世界中で行われた研究結果を集めてまとめ上げ、全体として何が言えるか結論づける」ものです。個々の論文を単に読むだけでなく、一定の基準に沿って文献検索し、採択基準を明示して取捨選択し、残った複数の研究結果を比較検討して総括します。システマティックレビューの目的は、そのテーマに関する根拠の「すべて」を明らかにすることにあります。バイアスを減らすため、評価者の思い込みではなく事前に決めた手順で文献を選び、データを抽出する点が特徴です。

複数研究を統合し、偶然を減らし、傾向を可視化する。
例えば「あるワクチンはインフルエンザ予防に有効か?」という疑問に答えるため、世界中の臨床試験の結果を集めて統計的に統合すれば、個別の研究より信頼性の高い結論が得られます。この統合解析のことを特にメタアナリシス(Meta-Analysis)と呼びます。メタアナリシスはシステマティックレビューの一部として行われ、集めた複数研究のデータを統合し、新たな統計解析を行って全体の効果量を推定します。個々の研究ではサンプル数が小さくて明確でなかった効果も、データを合算することで統計学的な有意差が明らかになる場合があります。メタアナリシスにより科学的根拠の強さが飛躍的に向上するため、EBMでは最もエビデンスレベルが高いものと位置付けられています。
一方で、システマティックレビュー/メタアナリシスの質が低ければ、誤った結論に誘導されるリスクもあります。レビューを行う人が自分に都合の良い文献だけ集めてしまえば偏った総括になりますし、方法が杜撰だと本来存在するデータを見落としてしまうかもしれません。そこで、システマティックレビューを報告・出版する際に世界的に参照されているルールがPRISMA声明です。
PRISMA声明の概要と意義
PRISMA声明(プリズマせいめい)は「Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses」の略で、システマティックレビューおよびメタアナリシスの報告に関する国際ガイドラインです。2009年にカナダのムーアら研究者グループにより公開され、1996年制定の旧ガイドライン(QUOROM声明)の改訂版として策定されました。その後2020年に内容のアップデート版(PRISMA2020)が発表され、現在広く利用されています。

透明性と再現性を担保する、国際的な報告基準。
PRISMA声明には、質の高いレビューを報告するために著者が満たすべき項目がチェックリスト形式(全27項目)で示されています。また、レビューのプロセスを読者に明示する4段階のフローチャートも含まれています。このフローチャートは、どのように文献を検索し、何件を絞り込んで最終的に何件の研究を解析に組み込んだか、といった情報の流れを図示したものです。
具体的には以下のようなポイントがカバーされています。

大量の研究から信頼できるエビデンスを抽出する仕組み。
文献検索の方法:どのデータベース・キーワードを使って文献を検索したか、何件ヒットし何件除外したか。
選択基準と選択結果:レビューに含めた論文の基準(例えばRCTのみ採用など)と、その結果どの論文が選ばれたか。除外した論文がある場合は除外理由も記載します。
データ統合とバイアス評価:集めた研究結果をどう統合分析したか、各研究の質評価(例えばバイアスのリスク評価)はどう行ったか。解析手法や異質性の検討についても報告します。
エビデンスの要約:最終的な結論やエビデンスの水準、限界点をまとめます。研究間で結果が一貫しているか否か、どの程度自信を持てる結論かを示します。
PRISMAは、システマティックレビュー/メタアナリシスの国際的な標準規範といえる存在であり、多くの医学系学術誌で遵守が求められています。著者がPRISMAチェックリストに沿って論文を書くことで、報告漏れを防ぎ、読者や査読者はそのレビューの信頼性を評価しやすくなります。「エビデンスに基づく」手法を支える裏方として、極めて重要な役割を果たしているわけです。政策分野でも近年は体系的なエビデンスレビューが求められる場面(例えば新規政策の根拠資料として社会実験のレビューを行う等)が増えており、PRISMAに準じた厳密さで分析を行うことの重要性が認識されつつあります。要するに、EBMの世界で培われた証拠の集め方・まとめ方の技術は、EBPMにおいても大いに参考になるのです。
誤差とバイアス:「エラー」と「偏り」の違いを理解する
エビデンスを評価したりデータ分析を行う際には、結果に影響を与える「誤差(エラー)」と「バイアス(偏り)」の概念を正しく理解することが不可欠です。両者はしばしば混同されますが、意味はまったく異なります。

誤差は増やせば消えるが、バイアスは設計でしか消えない。
誤差(Error)とは何か
誤差(エラー)とは、測定やデータ収集を行った際に生じるランダムなブレやズレのことです。英語ではRandom Error(ランダムエラー)とも言います。誤差は基本的に偶然に起こる不規則な変動であり、完全になくすことはできません。例えば以下のような例が誤差に当たります。
測定誤差:同じ人の体重を何度も測ったとき、体重計に乗るたびに微妙に異なる値が出ることがあります。これは測定機器のわずかなブレや環境要因によるランダムな差異です。真の体重から見れば上下に散らばる小さなズレで、特定の方向に偏っているわけではありません。
サンプリング誤差:アンケート調査で100人の標本を取った場合、その結果はたまたま抽出された人によって多少異なります。これも偶然によるばらつき(標本誤差)であり、次回別の100人を調べれば少し違う結果になるかもしれません。特定の回答が意図的に多く出るよう操作したのではなく、あくまでランダムに生じる変動です。

有意かどうかではなく、どれだけ効くのか。
誤差の特徴は、「プラスにもマイナスにもランダムに作用するため、大量のデータを集めると平均的には打ち消し合う傾向がある」点です。例えばサイコロを1回振ると出目はランダムですが、1000回振れば各目はだいたい均等になりますよね。誤差も同様で、データ量を増やしたり複数回測定して平均を取ることで、真の値に近づけることができます。誤差は統計学的手法で扱いやすく、標準誤差や信頼区間といった形で「どの程度結果がブレうるか」を数量化できます。

相関はヒントにすぎない。因果は設計で確かめる。
バイアス(Bias)とは何か
バイアス(偏り)とは、データや結果が特定の方向に偏ってしまう系統的な誤りのことです。こちらはSystematic Error(系統誤差)とも呼ばれ、誤差とは本質的に異なります。バイアスがあると、結果が一方向にずれてしまい、真の値からの逸脱が生じます。重要なのは、バイアスは偶然生じるブレではなく、何らかの要因により再現性をもって生じる偏りだという点です。
バイアスの例としては次のようなケースがあります。

バイアスを疑うことが、政策の精度を上げる。
選択バイアス(サンプリングバイアス):特定の集団だけからデータを集めたために生じる偏りです。例えば「製品満足度のアンケートをリピーター客にだけ行った」場合、その結果は当然ながら常連客の好意的な意見に偏ります。ランダムに顧客全体から抽出していないので、母集団全体の満足度を正しく反映していません。このようにデータの集め方自体に偏りがあると、平均を取ろうがデータ数を増やそうが、偏った結果しか得られません。
情報バイアス(測定バイアス):データの測定方法や評価方法に偏りがある場合です。例えば身長を測るとき、メジャーが最初から1cmずれて印が付いていたら、何度測っても実際より1cm低い値が出てしまいます。これは測定装置の系統的誤差で、測定するたびに同じ方向(マイナス方向)にズレが生じます。医療研究で言えば、患者に「最近運動しましたか?」と尋ねる調査で、社会的に望ましい答えをしたい心理が働き実際より多めに答えてしまう傾向(リコールバイアス)なども情報バイアスの一種です。
交絡バイアス:原因と結果の関係以外に、第三の因子が影響している場合に生じる見かけ上の偏りです。例えば「コーヒーをよく飲む人ほど心臓病が多い」というデータがあっても、実はコーヒーを飲む人は喫煙率が高く、心臓病の真の原因は喫煙だった…という場合、喫煙が交絡因子となってコーヒーと心臓病の関係をバイアスしていたことになります。このような交絡要因を統計モデルで適切に制御しないと、結論が歪められてしまいます。
バイアスが恐ろしいのは、どれだけデータ量を増やしても自然には消えないことです。むしろ偏ったデータを大量に集めれば、非常に精密だが間違った結論を得てしまうリスクがあります。バイアスを減らすにはデータ収集や実験デザインの段階で注意を払い、手法上の対策(無作為化や盲検化など)を講じる必要があります。また、分析段階でもバイアスの有無を検討し、補正できるものは補正する(例えば交絡因子を統計モデルに入れる)ことが求められます。
誤差とバイアスの違いとその対策
改めて誤差とバイアスの違いをまとめると:
偶然か系統的か:誤差は偶然に生じる不規則なズレ、バイアスは系統立った一方向のズレです。誤差は「ブレ」、バイアスは「偏り」と言い換えられます。
平均するとどうなるか:誤差はプラスマイナスに散らばるので、データをたくさん取って平均すれば真の値に近づく傾向があります。一方バイアスは常に同じ方向にズレているので、どれだけ平均しても真の値からズレたままです。
統計解析で扱えるか:誤差は統計モデルの中で誤差項(ランダム誤差)として扱われ、信頼区間などで表現できます。バイアスはデータ自体が歪んでいるので、単純な統計処理では捉えきれません。存在に気付いて除去・補正しない限り潜伏し続けます。
例えるなら:よく使われる例えに「ダーツ」があります。的に向かって矢を投げるとき、誤差が大きい状態は矢があちこちにバラバラと刺さり、ばらつきが大きい様子です(当たり外れが大きい)。バイアスがある状態は、矢がまとまって刺さってはいるものの、標的の中心からズレた位置(例えばすべて右寄り)に偏っている様子です。一方向に外れているので、いくら投げ続けても中央には当たりません。
以上の違いから、対策も変わってきます。誤差を減らすには、測定回数やサンプル数を増やしたり、より精度の高い計測機器を使うなどが有効です。ランダムなブレを平均化し、小さくするイメージです。統計的には標本数を増やせば標本誤差は√nに反比例して小さくなります。
バイアスを減らすには、そもそものデータ取得や実験計画を慎重に設計することが重要です。例えば調査では無作為抽出を徹底して選択バイアスを防ぐ、実験ではプラセボ対照や二重盲検法を用いて観察者バイアスや情報バイアスを抑える、といった対策です。また、分析時にも結果の解釈に疑いの目を持ち、「他に原因はないか?データ収集に偏りはなかったか?」と検証します。専門家は統計手法や研究デザイン上の知見を駆使してバイアスの影響を最小化しようと努めます。

有意か否かではなく、どれだけの効果かを問う。
出版バイアスとは何か:見えない研究が生む偏り
最後に、エビデンスの世界で注意すべき出版バイアスについて解説します。これは医療研究だけでなく、社会科学や政策評価の文献にも当てはまる知見の偏りの問題で、エビデンスに基づくアプローチを実践する人なら押さえておくべき概念です。
出版バイアスの問題点
出版バイアス(publication bias)とは、「肯定的な結果(有意な成果やポジティブな発見)が出た研究ほど出版されやすく、否定的な結果(効果がない、差がないという結果)の研究は出版されにくい」という偏りのことです。日本語では「公表バイアス」や「発表バイアス」とも呼ばれます。簡単に言えば、「成果が出なかった研究は世の中に出てこない」傾向があるということです。

見えているエビデンスは、氷山の一角かもしれない。
このような偏りが生まれる背景には、人間の心理や学術界の仕組みがあります。研究者自身、何も効果が見られなかった結果よりも、新規性のあるポジティブな結果を報告したいと思うでしょう。また、学術雑誌の編集者や査読者も、画期的な発見の論文は興味を引き掲載したくなりますが、「有意差なし」「効果なし」という論文は重要性が低いと判断しがちです。その結果、ポジティブな結果の研究ばかりが論文になり、ネガティブな結果の研究は未出版のまま放置されることが起こります。これが出版バイアスです。
出版バイアスが怖いのは、学術文献全体が実態以上に楽観的な方向に歪んでしまう点です。極端な例を考えてみましょう。ある新薬の効果を検証する臨床試験が世界で10本行われ、そのうち6本は「効果なし」という結果だったとします。しかし研究者や製薬会社がそれら6本を発表せず、残り4本の「有意な効果あり」という結果だけが論文になったらどうでしょうか。文献検索をした医師や政策立案者は、「論文を読む限りこの薬は効きそうだ」と判断してしまいます。しかし実際には公開されなかった6本では効かなかったわけで、全体を見れば有効性は怪しいかもしれません。つまり出版バイアスにより、エビデンスの全体像に誤解が生じるのです。
この問題はEBMの文脈で特に深刻視されてきました。EBMでは先述のようにメタアナリシスで複数試験のデータを統合して結論を出します。しかし、その統合にネガティブ結果の試験が含まれていなければ、メタ解析の結論自体が過度に楽観的になってしまいます。かつて抗うつ薬やインフルエンザ薬で、製薬会社が都合の悪い試験結果を公表せず、ポジティブな結果だけで薬効を宣伝して問題になった事例もあります。
出版バイアスは、学問の健全性や政策決定の正当性を脅かすものとして強く警戒されています。発表されている論文だけを信じて政策を決めたら、実は見えない失敗例が山のようにあって効果がなかった…という可能性があるからです。これは科学全体への信頼も損ねかねません。
なお、出版バイアスは別名「ファイルドロア問題(file drawer problem)」とも呼ばれます。研究者の机の引き出し(ファイルドロア)の中に、陽の目を見ないネガティブ結果の研究がしまい込まれているという皮肉を込めた呼称です。どんなメタアナリシス結果を見ても、「それは表に出てきたデータだけの話で、引き出しの中に眠っているデータはないのか?」と疑う視点が必要だという教訓です。
出版バイアスへの対策
では、この出版バイアスを減らし、エビデンスの全体像を正しく把握するにはどうすれば良いでしょうか。国際的な学術コミュニティや政策立案者は、いくつかの対策を講じています。

否定的結果を隠さない文化が、政策の質を守る。
臨床試験の事前登録制度:医療分野では、新薬や新治療法の臨床試験を行う際に、研究開始前に内容を登録する臨床試験登録が義務化されました。例えば米国のClinicalTrials.govやWHOのICTRP(国際臨床試験登録プラットフォーム)といったデータベースに試験の目的・デザインを登録しておきます。こうすることで、結果が出た後に都合の悪い試験だけ「なかったことにする」ことを防ぎます。実際、2000年代半ばに大手医学雑誌(NEJMやLancetなど)の編集長らが「登録されていない臨床試験の論文は掲載しない」という声明を出し、以降臨床研究の登録がスタンダードになりました。現在では主要国で臨床試験登録が求められ、登録情報と照合することで未発表データの存在が明るみに出やすくなっています。
ネガティブな結果も発表しやすく:学術界では、「結果がネガティブでも科学的に意義がある」という認識を高める努力がなされています。例えばネガティブ結果専門のジャーナルを創刊したり(Journal of Negative Resultsなど)、学会発表の場で「今回は効果が見られなかった」という報告もしやすい雰囲気作りが進んでいます。研究評価も「論文数」だけでなく内容を重視し、成果が出なかった研究もきちんと共有する文化を育てようとしています。
システマティックレビューでの工夫:レビュー論文を書く際にも出版バイアスに配慮します。具体的には、論文データベースだけでなく学位論文や学会抄録、政府の報告書などグレーリテラチャにも目を配り、公開されていないデータを探します。また、集めたデータに出版バイアスが潜んでいないかファンネルプロットと呼ばれるグラフでチェックする手法もよく使われます(縦軸に効果量の精度、横軸に効果量の大きさを取った散布図で、対称性が崩れていないか確認する)。ファンネルプロットで小規模試験のネガティブ結果が欠けていないか視覚的に検討し、怪しい場合は統計的補正(例えば「トリムアンドフィル法」で不足データを推定)を施すこともあります。
政策評価での透明性確保:政策分野でも、「成果が出た政策だけ喧伝し、失敗は闇に葬る」というバイアスを避ける努力が重要です。すべての政策評価結果を公開し、失敗事例からも学ぶ姿勢が求められます。政府内での評価報告書の公開や、第三者機関による客観的な検証がその一環です。エビデンスに基づく政策立案では、成功例ばかりでなく失敗した試みも共有して次に活かすことで、同じ過ちを繰り返さないようにします。
このように、出版バイアスへの対策は多方面で取られていますが、根本には「オープンサイエンス(開かれた科学)」の推進があります。研究データや結果を可能な限り公開し、都合の悪い情報も含めて社会で共有することで、偏りのない正確な知見を積み上げていこうという動きです。エビデンスに基づくアプローチを真に徹底するには、耳障りの良いデータだけでなく不都合なデータも直視し、総合的に判断する姿勢が不可欠なのです。

ロジックは仮説であり、証明ではない。
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