理論編#11|EBPMとEIPMの違い——エビデンスを「基づく」から「踏まえる」へ

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理論編#11|EBPMとEIPMの違い——エビデンスを「基づく」から「踏まえる」へ

この回の要点

EBPMとEIPMは、エビデンスを使う政策形成という点では共通します。違いは、証拠だけで政策は決まらず、価値判断・公平性・費用・政治的責任・現場条件も統合することを明示するかです。OECD・WHO・内閣府の一次資料から、両者の違いと実務上の使い分けを整理します。

文字起こし

このエピソードの概要

EBPMとEIPMは、エビデンスを使う政策形成という点では共通します。違いは、証拠だけで政策は決まらず、価値判断・公平性・費用・政治的責任・現場条件も統合することを明示するかです。OECD・WHO・内閣府の一次資料から、両者の違いと実務上の使い分けを整理します。

Evidence-Based Policy MakingとEvidence-Informed Policy Making。日本語では「エビデンスに基づく政策立案」と「エビデンスを踏まえた政策形成」などと訳せます。一文字の違いには、エビデンスは政策を決めるのか、それとも重要な材料の一つなのかという政策科学上の思想があります。

EBPMとEIPMは「別物」なのか

結論から言えば、完全に異なる政策手法として扱う必要はありません。内閣府は2026年現在もEBPMを、政策目的を明確化した上で合理的根拠に基づく政策立案として公式に定義しています。

EBPMは古いから間違い、これからはEIPMへ名前を変えるべき、とまでは言えません。EBPMという名前の下でも、費用、公平性、実行可能性、政治的責任、国民の価値観を考慮します。違いはEvidenceの位置づけを名称から明示するかです。

なぜOECDは「Evidence-Informed」を使うのか

「エビデンスは政策形成に寄与する要素の一つであり、専門家の視点だけで政策を定義することはできない。」— OECD / European Commission, 2025(EBPM.jp訳)

政策には、政治的優先順位、国民の意見、経済状況、価値観、イデオロギー、政策分野間のトレードオフが存在し、Evidenceだけが政策結果を決定しないからです。OECDは、Evidenceは政策をinformできるがdetermineできないと整理しています。

「エビデンスに基づく」と言うと何が問題なのか

政策Aは健康を大きく改善するが非常に高額。政策Bは効果が小さいが安価で全国導入できる。研究は効果差、費用、副作用、対象別効果を示せますが、追加的改善にどこまで税金を払うか、他予算をどこまで削るか、誰を優先するかには価値判断が含まれます。科学が弱いのではなく、科学に答えさせる種類の問いではありません。

Evidenceは「Is」を強くできても「Ought」を単独では決められない

実証的な問いWhat is?は何が起きるかを問います。規範的な問いWhat ought to be?は何を選ぶべきかを問います。最低賃金の雇用、所得、価格への影響は実証研究の対象ですが、所得増加と雇用リスクをどう重みづけるかはそれだけでは決まりません。

EIPMは、科学が答えられる領域では強く科学を使い、科学だけでは決められない部分では価値判断を隠さない設計です。

EIPMは「科学を弱める考え方」ではない

Evidence-Informedは、科学を参考程度にする意味ではありません。OECDは、より頑健で信頼できるEvidenceにより大きな重みを与える必要があると明示しています。因果効果にはRCTや準実験、実装理由にはインタビューや観察、質的研究など、問いに合った研究デザインが重要です。

EIPMはEvidence hierarchyを破壊するのではなく、問いに応じて適切なEvidenceを適切な重みで使う考え方です。

エビデンスは一種類ではない

OECDと欧州委員会の2025年報告は、科学研究、政策評価、規制影響評価、戦略的フォーサイト、モニタリング、市民・ステークホルダーの期待や態度の調査などをEvidenceとして整理しています。

因果効果にはRCTが強くても、なぜ制度を利用しないか、現場で何が詰まるか、将来どのリスクが重要かには別のEvidenceが必要です。Evidenceの強さは手法だけでなく、政策上の問いとの適合性でも変わります。

学校で考えると違いが分かりやすい

新しい教育プログラムが平均的に学習成果を改善する強いEvidenceがあっても、教員数、支援が必要な子ども、地方の小規模校、教員負担、導入費用の機会費用、保護者や子どもの受容を検討しなければ全国導入は決まりません。「効果がある」から「導入すべき」の間を透明化するのがEIPMです。

農業政策でも「最も効く」が「最も良い」とは限らない

収量が増える強いEvidenceがあっても、導入費用、小規模農家、気候差、水資源、生物多様性、食料安全保障、地域社会への影響が関係します。Evidenceは答えを一つ出す装置ではなく、選択肢ごとの結果と不確実性を明らかにする装置です。

EIPMでは価値判断を「隠さない」

「エビデンスに基づいて決定した」だけでは、公平性を効率性より優先した、短期コストより将来世代を優先した、地方部を優先した、安全性を経済効率より優先したという価値判断が科学の後ろに隠れることがあります。価値判断は政治の正当な役割ですが、Evidenceの結論のように見せてはいけません。

Evidence + Values + Constraints + Equity + Feasibility + Political accountability = Policy Decision と考える方が実態に近くなります。

「専門家に任せれば正しい政策になる」わけでもない

専門家は感染率、経済効果、災害リスク、教育成果、技術安全性に高い専門性を持ちます。しかしリスク許容度、利益の優先順位、税負担、自由と安全の比較を科学者だけへ委任することは民主的統治の問題を生みます。専門家はEvidenceについて強く語り、政治家は選択について責任を負う。この境界が科学の信頼性を守ります。

EIPMは「多数決で科学を決める」という意味でもない

国民の価値観を考慮しても、科学的事実を意見で決めるわけではありません。ワクチンの効果、大気汚染の健康リスク、政策の所得効果はEvidenceで評価します。一方、公費、副作用リスク、優先対象には価値判断が入ります。EIPMが分離するのはFactとValueの役割です。

WHOでも「Evidence-Informed」が標準的に使われている

WHOはEIDMやEIPMを広く使用しています。2022年ガイドは最善の利用可能なEvidenceを特定・評価し、安全で有効な政策やプログラムへ動員するプロセスと位置づけます。2023年には日常的な政策形成へ制度化するチェックリストを公表し、2026年にはKnowledge TranslationとEIPMの世界研究アジェンダを公表しました。

EIPMは「論文を読む能力」だけでは実装できない

OECDと欧州委員会は、EIPM能力を個人、組織、組織間、政策システム全体から分析しています。研究を理解する人材、Evidenceへのアクセス、Knowledge Broker、部局間協力、データ基盤、評価制度、Evidenceを求める管理職、利用しても不利にならない文化が必要です。EIPMはEvidenceが政策へ届く生態系の設計です。

EBPMからEIPMへ「進化した」と言い切らない方がよい

EBPM→EIPMという一本道ではありません。Evidence-Basedを現在も使う政府・組織が、Evidenceだけで政策を自動決定する意味で使っているとは限りません。最も正確なのは、大きな共通部分があり、EIPMという名称がEvidenceは唯一の決定要因ではないことをより明示する、という整理です。

「Informed」は政治家がEvidenceを無視する免罪符ではない

Evidenceは一要素にすぎないという説明を、「だからEvidenceと違う政策でも問題ない」と使えばEvidence-Free Policy Makingです。異なる判断をする場合、確認したEvidence、確実性、優先した価値、選んだトレードオフ、判断理由を説明できる必要があります。Evidenceに従わない自由には説明責任が伴います。

EBPMとEIPMの違いを一枚で整理する

EBPM:その政策に合理的根拠はあるか、政策効果を検証できるか、データと評価を使っているか。

EIPM:Evidenceが示すことと確実性に加え、費用、公平性、倫理、実装可能性、市民・当事者の価値、最終的に優先した価値を明示する。

Policy Decision → Implementation → Evaluation → Learning。これは優劣ではなく、EBPMで実践されてきたEvidence利用を政策判断全体へ配置した概念図です。

EBPM.jpとしてはどう使い分けるか

EBPM.jpでは日本の政策文脈に合わせてEBPMという言葉を使います。日本政府の公式用語であり、検索、行政実務、政策文書との整合性が高いからです。一方、分析思想にはEIPMを取り込み、因果効果だけでなく、費用対効果、外的妥当性、実装可能性、公平性、利益相反、質的Evidence、ステークホルダーの価値、政策捕捉、意思決定過程まで評価します。

名称はEBPM。中身は「Evidenceだけでは政策は決まらない」と理解したEBPM。この運用が日本語圏では混乱が少ないと考えます。

結論——「基づく」から「踏まえる」は、Evidenceを弱くする話ではない

EBPMは、勘、前例、権威だけの政策形成を合理的根拠、データ、評価へ近づけました。EIPMが加えるのは、それでもEvidenceだけでは政策は完成しないという現実です。

Evidenceは何が起こるか、どの政策が効果的か、どのリスクが大きいか、どの程度不確実かを明らかにします。政治はそれを踏まえ、誰を優先し、何に予算を使い、どのリスクを許容し、どの価値を守るかを選び、責任を負います。Evidence-InformedはEvidenceの格下げではなく、Evidenceを政治的価値判断の隠れ蓑にしないためのアップデートです。

FAQ

EBPMとEIPMはどちらが正しいのですか?

単純な優劣関係ではありません。EIPMはEvidence以外の価値、倫理、公平性、費用、実装可能性も最終判断に含まれることをより明示します。

日本もEIPMという名称に変更すべきですか?

必須とは言えません。重要なのは名称より、Evidenceがどこで使われ、Evidence以外の判断要素も透明化されているかです。

EIPMではRCTや因果推論の重要性が下がるのですか?

下がりません。因果効果には適切な因果推論が依然として重要です。

国民の価値観もEvidenceですか?

認識、期待、態度の調査も広いEvidenceに含まれますが、科学的因果効果と価値判断を同じものとして扱うわけではありません。

Evidenceと違う政策を選んでもEIPMですか?

場合によってはあり得ます。ただし、Evidenceを確認し、異なる選択の理由と優先した価値・制約を説明できる必要があります。

EIPMで最も重要なのは何ですか?

Evidenceを取得・評価・統合できる人材、組織、データ基盤、Knowledge Broker、評価制度、説明責任まで含めて制度化することです。

関連エピソード

EBPMとは何か——政策を学習させる証拠に基づく政策立案

民間資金とEBPM——利益相反と知識の偏り

政策評価から考える「政策捕捉」とは何か

主な参考文献

内閣府「内閣府におけるEBPMへの取組」

OECD / European Commission. Strengthening National Evidence-Informed Policymaking Ecosystems. 2025.

OECD. Building Capacity for Evidence-Informed Policy-Making. 2020.

OECD. Mobilising Evidence for Good Governance. 2020.

European Commission JRC. Assessing national institutional capacity for evidence-informed policymaking. 2022.

European Commission JRC. Evidence-Informed Policymaking.

WHO. Evidence, policy, impact: guide for evidence-informed decision-making. 2022.

WHO. Supporting the routine use of evidence during the policy-making process. 2023.

WHO. Global research agenda on knowledge translation and EIPM. 2026.

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