EBPM
実装編#02|EBPMと司法審査:政策のエビデンスを裁判所はどう見るか
このエピソードの概要
「客観的根拠に支えられた政策こそ正当化されうる」——EBPMの基本原則は、政策の良し悪しが実際に問われる司法の場で、どう機能しているのでしょうか。実装編第2回は、日本・アメリカ・英国の比較を通じて、EBPMと司法審査の関係を掘り下げます。
まず、政策エビデンスの3つの柱(統計データ・RCT・システマティック・レビュー)と、コクランやGRADEといった質の評価基準を整理。その上で、行政裁量への司法の介入に慎重な日本の伝統と、判断プロセスの不備を指摘した辺野古サンゴ移植の最高裁判決(令和3年)という変化の兆しを解説します。
対照的なのがアメリカです。連邦行政手続法と「ハードルック・レビュー」の下、裁判所は行政に対し、証拠と判断の合理的なつながりを厳しく要求します。気候変動の科学的証拠を無視したEPAの判断を違法としたマサチューセッツ州対EPA事件など、具体的な判例も紹介します。
さらに英国では、エビデンスの信頼性をA〜Cで格付けする「エビデンスプラン」が予算獲得に直結し、評価タスクフォース(ETF)が根拠の弱い事業から年間約6.4億ポンドを再配分するという、エビデンス・ファーストの徹底ぶりに迫ります。
終盤では、日本に欠けている「共通の物差し」と予算連動の課題、そしてRCT万能論への戒め、政策決定の8割は政治調整という現場のリアル、質の低いレビューの誤用リスクという3つの落とし穴を指摘。「言行一致」をどう保つかという問いで締めくくります。
文字起こし
出演:EBPM新聞記者・ヴェレ、EBPM新聞記者・シン
司法の場で、エビデンスはどう機能するのか
ヴェレ 「客観的根拠に支えられた政策こそ正当化されうる」。これは、EBPM——証拠に基づく政策立案の基本原則です。最近よく聞く言葉ですが、この原則が、政策の良し悪しが実際に問われる司法の場でどう機能しているのか。今日はそこを掘り下げたいと思います。
シン そこが非常に興味深い点です。国によって、司法の関与の仕方——つまり、政策決定に使われたエビデンスをどこまで、どのように評価するかが、かなり違うのです。
ヴェレ そこで今回は、OECD諸国の事例を比較分析した資料をもとに、EBPMと司法審査の関係性を深く見ていきます。各国で「証拠」がどう扱われ、それが政策の正当性にどう影響しているのか、その違いに注目していきましょう。
シン 政策立案におけるエビデンスの重要性は、もはや共通認識になりつつあります。ただ、それを司法がどう評価するかには、各国の法制度や文化に即した違いが見られます。この比較から、実務に携わる方や学んでいる方にとってのヒントが見つかれば幸いです。
政策エビデンスの3つの柱と「質」の見極め
ヴェレ まず基本のところからですが、政策におけるエビデンスとは、具体的にどういったものが考えられますか。
シン 大きく分けると、3つの柱があると言われています。1つ目は、国勢調査のような統計データ。最近では、行政が持つビッグデータなども含まれます。2つ目が、効果測定でよく使われるランダム化比較試験——RCTのような実験データ。そして3つ目が、複数の研究結果を統合して分析する系統的レビュー、いわゆるシステマティック・レビューです。
ヴェレ 特にこの系統的レビューが重要視されていると聞きます。
シン はい。特に公衆衛生や社会政策の分野では、「最良の利用可能なエビデンス」と呼ばれたりします。例えば、ある社会政策が健康にどう影響するかを見たいとき、関連する多数のRCT研究を集めてメタ分析する、といった形で活用されます。個々の研究だけでなく、その分野全体の知見をぎゅっと集約するイメージです。
ヴェレ ただ、エビデンスと言っても、その質にはいろいろありますよね。質の高いエビデンスをどう見極めるかが重要になりそうです。
シン まさにそこが実務上の課題であり、国際的にも基準づくりが進んでいるところです。例えば「コクラン」のハンドブックや、「GRADEワーキンググループ」が開発した評価アプローチは、研究デザインの限界、結果の一貫性、他の状況への適用可能性といった点を体系的に評価する枠組みとして、広く認知されています。日本にも、こうした国際基準に基づくエビデンス評価の普及に取り組む「Minds(マインズ)」のような組織があります。政策に携わる方としては、こうした質の評価基準を理解しておくことが非常に重要です。
日本——行政裁量への「敬譲」と変化の兆し
ヴェレ では、日本の状況を見ていきます。EBPM自体は、ここ数年、政府もかなり力を入れて推進していますよね。
シン ええ。2010年代後半から本格化し、もともとあった政策評価法——2001年の法律ですが、これに基づいて各府省庁が政策の効果を客観的に評価し、改善につなげていく取り組みは進められています。ツールとしてはロジックモデルも重視されています。政策の因果関係を可視化するもので、行政側がコントロールできる活動である「アウトプット」、それによって生じる受益者側の変化である「アウトカム」、そして最終的な「インパクト」という流れを段階的に明確にしていくのです。例えば「子どもの貧困をなくす」が最終インパクトなら、そこから逆算して短期・中期のアウトカム、具体的な活動へとつなげていく考え方です。
ヴェレ データ基盤としてもe-Statなどが整備され、EBPM補佐官のような専門家を派遣する制度もある。支援体制は整いつつあると。ただ問題は、肝心の司法審査はどうなのかということですよね。政策を作るときにエビデンスが足りなかった、あるいは質が低かったとなったとき、裁判所はどこまでチェックするのでしょうか。
シン ここが日本の特徴的な点かもしれません。伝統的に司法は、行政の判断——いわゆる行政裁量に対しては、あまり深く介入しないという姿勢をとってきました。
ヴェレ 「敬譲的」——「デファレンス」という言葉を聞いたことがあります。
シン そうです。行政事件訴訟法30条にも、「裁量処分が取り消されるのは、裁量権の範囲を超え、またはその濫用があった場合に限る」と定められています。
ヴェレ ということは、政策の科学的な根拠が多少曖昧だったり不十分だったりしても、「極めて不合理」とまでは言えないレベルであれば、適法とされやすいということでしょうか。
シン 傾向としてはそう言えるかもしれません。ただもちろん、判例の積み重ねの中で、まったく事実の基礎を欠く場合や、重要な事実の基礎を欠く場合には、裁量権の逸脱・濫用に当たり違法になるという基準は確立されています。行政の判断が、その時点で利用可能なエビデンスと明らかに矛盾している場合には、違法と判断される余地はあるわけです。
ヴェレ 最近では、辺野古のサンゴ移植の問題で最高裁判決(令和3年7月6日)が出て、少し注目されたと聞きました。これは変化の兆しと見ていいのでしょうか。
シン 確かに注目すべき判決です。あの判決は、行政が本来考慮すべきだった科学的・客観的な事情——このケースで言えばサンゴ移植の必要性や実現可能性ですね——を十分に検討していなかったというプロセス上の不備を指摘し、不合理だとして違法と判断しました。事実認定や科学的な評価のプロセスに問題があった、と。ただ、これが直ちに、司法がEBPMの原則そのものを積極的に審査するようになったとか、行政裁量の中身にまで踏み込むようになったかというと、まだ慎重に見たほうがいいでしょう。今後の判例の蓄積を見ていく必要があります。
ヴェレ EBPMをきちんとやらなかったこと自体で、国が損害賠償責任を負うようなことはあり得るのでしょうか。
シン 現状では、政策決定の段階でEBPMを十分に行わなかったこと自体を直接の理由として国家賠償が認められる明確な枠組みは、まだないと言っていいと思います。もちろん、過去の薬害エイズや水俣病のような事件では、当時得られていた科学的知見を無視した結果、重大な被害が生じたとして国の過失が認められた例はあります。しかしこれらは、あくまで結果が発生した後の救済措置です。政策決定のまさにその段階で「エビデンスが足りない」ことを理由に司法が事前に是正する機能は、日本ではまだ限定的と言わざるを得ません。
アメリカ——ハードルック・レビューという厳しい目
ヴェレ 日本の司法は比較的慎重なスタンスなのですね。では他の国はどうでしょう。例えばアメリカは?
シン アメリカは、ある意味日本とは対照的かもしれません。アメリカには「連邦行政手続法(APA)」という法律があり、これに基づいて裁判所は、「恣意的・専断的(Arbitrary and Capricious)」な行政行為を取り消す権限を持っています。特に1983年の「ステート・ファーム事件」という有名な判決以降、行政機関には、決定を行う際に関連するデータをきちんと精査し、事実と判断の間に合理的なつながりがあることを十分な説明をもって示す義務が課されるようになりました。
ヴェレ 合理的なつながりを持つ、十分な説明。
シン ええ。これは「熟慮ある意思決定(ハードルック・レビュー)」と呼ばれます。裁判所は、行政の決定が重要な論点を見落としている、あるいは手元にある証拠と明らかに矛盾する説明をしているといった場合には、違法だと判断しうるわけです。
ヴェレ 具体的な例はありますか。
シン いくつかあります。例えば2007年の最高裁判決「マサチューセッツ州対EPA事件」では、気候変動のリスクに関する科学的な証拠が多数あるのに、それを考慮せず温室効果ガスの規制を拒否したEPA(環境保護庁)の判断が違法とされました。もう少し最近では、2019年の「商務省対ニューヨーク事件」。国勢調査の質問項目に市民権の質問を追加しようとしたのですが、その決定理由として商務省が挙げた説明が、提出されたエビデンスと整合しないとして、最高裁が差し止めを命じました。
ヴェレ アメリカでは司法が、行政の説明責任やエビデンスとの整合性をかなり厳しくチェックするのですね。
シン プロセスにおける合理性を非常に重視する姿勢が強いと言えます。ただ注意が必要なのは、政策判断そのものが間違っていたことに対する賠償責任については、連邦不法行為請求法に「裁量行為の例外」という規定があり、免責されることが多い点です。そこには限界もあるということです。
英国——エビデンスの格付けが予算に直結する
ヴェレ 日本の司法の慎重さ、アメリカのプロセス重視。比べてみると面白いですね。ではイギリスはどうでしょうか。EBPM先進国と言われることもありますが。
シン イギリスはまた異なるアプローチで、非常に興味深いです。特徴的なのは、まず「ワット・ワークス・ネットワーク(WWN)」と呼ばれる仕組みです。「バリュー・フォー・マネー」——つまり税金の投資効果を最大化しようというスローガンのもと、政府の意思決定において可能な限り「最良の根拠」を用いることを目指すネットワークです。教育、犯罪防止、地域経済、早期介入など、さまざまな分野に専門のセンターがあり、信頼できるエビデンスを集めて政策現場に普及させる活動をしています。
ヴェレ そして、イギリスの最も際立った特徴は、エビデンスの評価が予算と直接結びついている点だと聞きました。
シン まさにそこが核心部分です。英財務省は、一定額——確か1億ポンドを超える新規の歳出案件について、「エビデンスプラン」の提出を義務付けています。そして、そのプランで示されたエビデンスの信頼性を、A、B、Cといった形で格付けせよと言うのです。A格やB格といった信頼性の高いエビデンスに基づくと評価された事業は、予算要求が満額通りやすい。逆にC格のような証拠が弱いものは、試行的な取り組み——パイロット事業に規模が縮小されたり、そもそも予算が付きにくかったりする傾向があります。
ヴェレ エビデンスの強さが、予算獲得の可能性に直結しているわけですね。単なる理想論ではなく、本当にお金と連動している。
シン ええ。さらに「評価タスクフォース(ETF)」という専門組織があり、各省庁の政策評価を毎年チェックしています。彼らは、根拠の弱い事業から年間で約6.4億ポンド——1,000億円ほどの予算を削減し、より効果が期待できる強いエビデンスを持つ施策に「再配分」する、かなり強力な権限を持っています。加えて、政府全体の評価の教科書のような役割を果たす「マゼンタ・ブック」というガイドラインもあり、こうしたプロセスを支えています。
ヴェレ 効果の薄い事業から予算を移して、有望な事業に集中させる。まさにエビデンス・ファーストを徹底している感じがします。
日本の課題——共通の物差しとゲートキーパー
ヴェレ ここまで英国のかなり進んだ取り組みを見てきましたが、これを踏まえて、日本の状況はどうなのでしょうか。
シン 日本でも、政府の骨太の方針などで「EBPM推進」は何度も掲げられてきました。ただ、英国のようにエビデンスの格付けのような分かりやすい基準があり、それが予算配分と明確に連動する仕組みは、残念ながらまだ弱いと言わざるを得ません。一番大きな課題は、省庁ごとに政策評価のやり方や基準がバラバラで、共通の物差しがないことです。これでは省庁をまたいで政策の効果を比較したり、政府全体としてどこに優先的にお金を配分すべきかを客観的に判断したりするのが、非常に難しい。
ヴェレ 比べようがないですものね。日本で参考になるツールはあるのですか。
シン 「RESAS(リーサス)」という地域経済分析システムはあります。地域のさまざまな統計データを「見える化」する便利なツールですが、あくまで現状把握・分析のためのダッシュボードであって、特定の政策が「効いたか」を検証する機能まではありません。
ヴェレ 現状把握はできても、効果検証までは行かない。今後の展望としてはどうでしょう。
シン 「日本版ワット・ワークス」のような構想は議論されています。教育、介護、医療、防災といった政策分野ごとにエビデンスを収集・評価するセンターを作ったり、統一的な評価基準を整備したりする意味はあるでしょう。特に重要なのは、英国のETFのように、政策評価を客観的に行い、予算編成プロセスにおいて「これは本当に効果が認められるのか」をチェックする「ゲートキーパー」としての役割です。これを果たす第三者的な機能を、制度としてどう設計し、早く立ち上げられるかが鍵になると思います。
EBPMの落とし穴——多様性・政治・誤用
ヴェレ 日本でもそうした仕組みづくりが急務ということですね。ただ、英国のように進んでいるところでも、EBPMはそう簡単な話ではない。仕組みを作ればオーケー、というわけでもなさそうです。
シン おっしゃる通りです。EBPMを進める上での難しさ、注意すべき点は確かに存在します。いくつか重要な論点を指摘しておきましょう。まず1つ目は、「エビデンスの多様性」です。EBPMというと、RCTのような量的なデータが注目されがちですが、政策によっては、倫理的な問題や人々の価値観が深く関わるものもあります。そうした領域では、数字だけでは捉えきれない質的な情報や、哲学的な考察も重要なエビデンスとなりうるのです。「RCTが万能ではない」という認識は非常に重要です。
ヴェレ 数字に表れないエビデンスもある、と。他にはどうでしょう。
シン 2つ目は、「実施の壁と政治」の問題です。どんなに科学的に優れた証拠があっても、それがすんなり政策になるとは限りません。既存の制度、組織の文化、政治的な力学、関係者の利害調整など、さまざまな壁が存在します。政策決定とは、研究結果がそのまま反映される直線的なプロセスではなく、交渉や調整を伴う、非常に政治的なプロセスであるという現実があります。
ヴェレ 有名な逸話がありますよね。アメリカとEUの規制当局者の会議で、アメリカ側が「規制に政治的影響を考慮するのは法律違反だ」と言ったら、EU側は「いやいや、自分の仕事の8割は政治的な調整ですよ」と答えたという。
シン ええ、現場のリアルをよく表している話だと思います。
ヴェレ 科学的な正しさだけでは動かない、と。もう一つありますか。
シン 3つ目は、「エビデンスの質と誤用」の問題です。特に、先ほども名前が出たシステマティック・レビューやメタアナリシスは非常に強力な手法ですが、近年、質の低いものや、特定の結論に誘導するようなものが増えているのではないかという警鐘が鳴らされています。「エビデンス」と称されていても、それが本当に信頼できるのか、特定の意図が隠れていないかを批判的に吟味する目を持つことが不可欠です。
ヴェレ 信頼できるレビューの基準づくりを進めているコクラン共同計画やキャンベル共同計画といった取り組みもありますが、利用する側にも注意が必要ということですね。エビデンスにも質があって、鵜呑みにしてはいけない、と。
最先端の研究動向
ヴェレ 議論もかなり深まってきました。最後に、より高度なエビデンス活用の事例というか、最先端の研究動向を少し紹介していただけますか。
シン では、現在の研究が示している興味深い点を3つ、簡潔に紹介しましょう。1つ目は、社会政策が健康に与える影響についての分析です。アメリカで行われた過去のさまざまな社会政策——幼児教育支援や所得支援などの効果を、RCTの結果から統合分析した研究があります。それによると、これらの政策が人々の「健康改善」につながる可能性が示唆されました。ただし、個々の研究だけでは効果をはっきり示すのが難しい場合も多い、という限界も同時に指摘されています。
ヴェレ 社会政策と健康がつながる可能性。興味深いですね。2つ目は?
シン 2つ目は、システマティック・レビューの政策への影響力についてです。コクランやキャンベル共同計画などが作る質の高いレビューはEBPMの重要なツールですが、そのレビュー結果が必ずしも直接的な政策変更に結びつくわけではない、という現実も明らかになってきています。信頼できるエビデンスが存在することと、それが実際に政策に活用されることの間には、まだギャップがあるのです。
ヴェレ エビデンスがあっても、使われるとは限らない。先ほどの「壁」の話とつながってきますね。最後は?
シン 3つ目は、そもそもエビデンスがどう使われているかを調べた研究自体についての分析、という少しメタな話です。健康政策の分野で、研究エビデンスの利用実態に関する多くの質的研究——インタビュー調査などをまとめたレビューがあります。それによると、こうした研究は高所得国に偏りがちであるとか、単に利用の障壁や促進要因をリストアップするものが多く、「なぜそうした状況が生まれるのか」というより深い分析が少ない、といった課題が指摘されています。
ヴェレ エビデンス利用の研究自体にも、偏りや課題があると。これもまた考えさせられます。
まとめと最後の問い——「言行一致」をどう保つか
ヴェレ 今回の議論をまとめます。英国のワット・ワークス・モデルに見られるように、エビデンスの信頼度を格付けして予算配分と連動させるエビデンス・ファーストのアプローチは、税金の有効活用という点で非常に示唆に富んでいました。一方で、日本のEBPM推進には、共通の物差しづくりや予算との連携強化といった課題があることも見えてきました。
シン 同時に、EBPMは魔法の杖ではなく、政策決定における価値観や政治的な現実、そして提供されるエビデンスそのものの質を冷静に見極める視点が欠かせないことも、改めて確認できましたね。
ヴェレ 最後に、今日の話をさらに深めるために、一つ問いを投げかけて終わりたいと思います。EBPMという、政策の健康状態を測る客観的なツールを導入することは、もちろん重要です。しかし、組織や政策の根幹にあるべき「理念」や「ビジョン」——いわばOSのようなものが形骸化せず、実際の行動と一致し続ける、つまり「言行一致」を保つためには、何が必要なのでしょうか。
シン 深い問いですね。最近、企業のパーパス経営が注目される一方で、見せかけだけのESGウォッシングという批判や、立派な理念が実際の行動を伴わないといった指摘も後を絶ちません。
ヴェレ ええ。透明性の高いデータや外部からの厳しい視線にさらされる中で、組織や政府はこの言行一致をどう担保し、EBPMを単なる数字合わせではなく、社会全体の真の価値創造へとつなげていけるのか。この問いについて、ぜひ考えてみるきっかけになれば嬉しいです。本日はどうもありがとうございました。
シン こちらこそ、ありがとうございました。
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