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実装編#03|会計検査院こそ最強のEBPM機関なのか——政策を事後検証する日本の独立審判

このエピソードの概要

日本で最も強いEBPM機関はどこか。内閣府か、各省庁のEBPM推進部局か——それとも、完成した政策をあとから厳しく検査する会計検査院なのか。実装編第3回は、この意外な問いを入り口に、日本の政策評価と事後検証の実像に迫ります。

EBPMというと、政策を作る前にロジックモデルを描き、指標を設定する「事前設計」がイメージされがちです。しかし、それは狭義のEBPMにすぎません。実施後に「本当に効いたのか」を独立した立場から検証し、次の判断につなげるところまで含めた広義のEBPMで見たとき、日本で最も強力な事後検証の実行者は、会計検査院かもしれない——番組はこの仮説を検証していきます。

会計検査院は、憲法90条に根拠を持ち、内閣からも独立した特異な機関です。検査の観点も、単なる金額の正確性だけでなく、経済性・効率性・有効性(3E)にまで及びます。番組では、マイナンバー制度の情報照会が地方公共団体でどれだけ使われていたかの利用実績検証、申請データと現場実績の突合で明らかになった高収益作物次期作支援交付金の過大交付、電気・ガス価格激変緩和対策事業の指標設定の問題という3つの実例から、「データで政策の建前を検証する」検査の現場を描きます。

一方で、行政事業レビューシートの「ゴールポスト問題」(達成できる目標に後から動かす)、検査報告と財務省の予算編成の接続の弱さという構造的課題も直視。そして、会計検査院が政策設計者になってはいけない理由——審判がプレイヤーを兼ねた瞬間に独立性が死ぬ——を踏まえ、事前設計(各省庁)と事後検証(独立機関)を「ループ」としてつなぐことこそ日本のEBPMの次の課題だと結論づけます。

文字起こし

出演:EBPM新聞記者・ヴェレ、EBPM新聞記者・シン

日本最強のEBPM機関はどこか

シン 今日は、少し意外な問いから始めたいと思います。日本で最も強いEBPM機関は、どこだと思いますか。

ヴェレ 普通に考えれば、司令塔である内閣府や、各省庁に置かれたEBPM推進部局、と答えたくなりますよね。

シン ですよね。でも今回検証したい仮説は、そのどれでもありません。「完成した政策をあとから厳しく検査する、会計検査院こそが、実は日本最強のEBPM機関なのではないか」という問いです。

ヴェレ 会計検査院というと、「税金の無駄遣いを見つける役所」というイメージが強いですが、EBPMの機関だと言われると、意外に感じる方も多いでしょうね。

シン その意外さの正体を解きほぐすのが、今回のミッションです。日本の政策評価、行政監査、事後検証——そして、EBPMという言葉の本当の射程を考えていきます。

狭義のEBPMと広義のEBPM

ヴェレ まず、言葉の整理から始めましょう。EBPMというと、多くの人は「政策を作る前」の話をイメージします。ロジックモデルを描き、指標を設定し、エビデンスを揃えて立案する。いわば「事前設計」です。

シン これまでの回で扱ってきた内容も、多くはそこでしたね。

ヴェレ ええ。でも、それは狭義のEBPMにすぎません。広義のEBPMは、政策を実施した後に「本当に効いたのか」「想定通りに使われたのか」を検証し、その結果を次の予算や制度の判断につなげるところまでを含みます。理論編で扱った「学習システム」としてのEBPMですね。

シン 事前の設計図だけでなく、事後の検証と学習まで含めた循環全体だと。その「事後」のパートを、日本で誰が一番強力にやっているのかという話ですね。

ヴェレ そうです。各省庁の自己評価は、どうしても「自分の政策を自分で採点する」構造から逃れられません。そこで注目したいのが、外部から検証する独立機関——会計検査院なのです。

憲法90条——内閣からも独立した特異な機関

シン 会計検査院は、制度的にはどういう位置づけなのですか。

ヴェレ ここが最初の驚きポイントです。会計検査院の根拠は、法律ではなく憲法にあります。憲法90条が、国の収入支出の決算はすべて毎年会計検査院が検査する、と直接定めているのです。

シン 憲法に名前が書いてある行政機関というのは、かなり珍しいですよね。

ヴェレ ええ。しかも組織上、内閣に対して独立の地位を持ちます。総理大臣の指揮命令を受けません。検査される側の政府から独立していなければ、検査の意味がないからです。事例編で見た英国の会計検査院(NAO)や大臣指示の仕組みと同じ発想——「検証者の独立性」が、制度の根っこに埋め込まれているのです。

シン つまり日本にも、政策の外側に立つ「独立審判」が、憲法レベルで最初から用意されていたと。

3Eの検査——金額の正しさだけを見ているのではない

ヴェレ そして、もう一つの誤解を解きたいのが、検査の「観点」です。会計検査院の検査は、領収書の金額が合っているかという正確性の確認だけではありません。「経済性・効率性・有効性」——いわゆる3Eの観点が、明確に検査の柱に含まれています。

シン 有効性ということは、「この事業は目的を達成したのか」まで踏み込むわけですか。

ヴェレ そうなんです。より少ない費用でできなかったか(経済性)、同じ費用でより大きな成果を出せなかったか(効率性)、そしてそもそも所期の目的を達成しているか(有効性)。この有効性検査は、実質的に政策の事後評価そのものです。だからこそ、「会計検査院はEBPM機関ではないか」という今回の仮説が成り立つのです。

実例①——マイナンバー情報照会の利用実績

シン では、実際の検査がどれくらい「EBPM的」なのか、実例で見ていきましょう。

ヴェレ 一つ目が、マイナンバー制度の検証です。マイナンバーの目玉機能の一つに、行政機関の間で住民の情報をオンラインで照会できる「情報連携」があります。添付書類を減らし、手続きを楽にするための基盤で、巨額の費用が投じられました。会計検査院は、この情報照会が地方公共団体で実際にどれだけ使われているのか、利用実績のデータを調べたのです。

シン 「仕組みを作りました」で終わらせず、「使われているか」を数えたわけですね。

ヴェレ ええ。すると、制度上は照会できるはずの事務で、実際にはほとんど使われていないケースが多数あることが分かりました。紙の書類での確認が続いていたり、システムはあっても現場の運用に組み込まれていなかったり。「インフラの整備」というアウトプットと、「行政手続きが実際に効率化される」というアウトカムの間のギャップを、データで突きつけた検査です。

シン 理論編#03でやった、アウトプットとアウトカムの混同そのものですね。それを外部の独立機関が実測して指摘する。

実例②——申請データと現場実績の突合

ヴェレ 二つ目が、コロナ禍の農業支援策「高収益作物次期作支援交付金」です。次の作付けに取り組む農業者を支援する交付金でしたが、会計検査院は、申請されたデータと現場の実績を突き合わせる検証を行いました。

シン 申請書の上の数字と、実際の畑を突き合わせたと。

ヴェレ その結果、実態と合わない過大な交付が相当規模で明らかになりました。制度設計を急いだこと自体は緊急時なのでやむを得ない面もありますが、事後にデータを突合すれば、どこで制度が想定とずれたのかが具体的に分かる。これは「実施後の検証が制度を改善する」という、広義のEBPMの教科書のような事例です。

シン 統計的な抽出調査や実態調査という、地味だけれど強力な手法が武器になっているんですね。

実例③——電気・ガス激変緩和と指標設定の問題

ヴェレ 三つ目が、電気・ガス価格の激変緩和対策事業です。物価高対策として家庭や企業の光熱費負担を軽減する、数兆円規模の巨大事業でした。会計検査院はここで、お金の流れだけでなく、事業の「指標設定」のあり方にまで踏み込んで指摘しています。

シン 効果を測るための物差しそのものに、注文を付けたわけですか。

ヴェレ ええ。負担軽減の効果をどう測定し、どう検証可能にしておくべきだったのか。目標や指標の立て付けが曖昧なままでは、巨額の支出の有効性を事後的に判断できません。これは、事前設計の不備を事後検証の側から照らし出した例と言えます。

シン 事前のロジックモデルの質を、事後の検査が問うている。まさに事前と事後がつながった瞬間ですね。

ゴールポスト問題——自己評価の限界

シン 一方で、各省庁側の自己評価はどうなのですか。行政事業レビューシートという仕組みがありますよね。

ヴェレ あります。そして、そこにこそ構造的な問題があります。いわゆる「ゴールポスト問題」です。事業の目標値を、達成が危うくなってから、達成できる水準に後から動かしてしまう。あるいは最初から、確実に達成できる控えめな目標しか掲げない。

シン サッカーで負けそうになったら、ゴールポストを自分のシュートの先に動かすようなものですね。それは絶対に外れない。

ヴェレ ええ。自分で自分を採点する仕組みには、どうしてもこの誘惑がつきまといます。理論編で扱った「代理指標へのすり替え」や、事例編で見た英国の「評価をしないことへの不利益が弱い」問題と、根は同じです。だからこそ、目標設定に利害を持たない外部の審判——会計検査院の存在価値が際立つのです。

検査報告は予算を動かしているか——財務省との接続

シン ただ、審判が反則を指摘しても、それが次の試合のルールに反映されなければ意味がないですよね。検査報告は、実際の予算編成にどれだけ影響しているのですか。

ヴェレ そこが、今回の検証で見えてきた最大の課題です。検査報告は毎年国会に提出され、指摘を受けた事業は是正や返還を求められます。個別の無駄の回収という意味では、確実に機能しています。でも、事例編#01で見た英国のような、「検査・評価の結果が予算の継続・修正・終了の判断に体系的に接続される」仕組みには、なっていません。

シン 指摘は出る。是正もされる。でも、翌年度の予算編成のプロセスに、検査の知見が制度として組み込まれてはいないと。

ヴェレ ええ。会計検査院と財務省の接続は、あるにはあるのですが、英国のETFが持つような「根拠の弱い事業から予算を引き剥がして再配分する」レベルの強い回路ではない。ここが、「最強のEBPM機関」と呼び切れない理由の一つです。

審判はプレイヤーになってはいけない

シン では、いっそ会計検査院にもっと強い権限を持たせて、政策の設計段階から関与させればいいのではないですか。事前も事後も見られる最強の機関になります。

ヴェレ それは、一番やってはいけないことなんです。会計検査院が政策の設計者になった瞬間、独立性が死にます。自分が設計に関与した政策を、後から中立に検査することはできませんから。

シン 審判がプレイヤーを兼ねたら、もう誰も試合の判定を信用しない。

ヴェレ その通りです。だから役割分担が重要なのです。政策を設計し実施するのは各省庁というプレイヤー。それを事後に検証するのが、独立した審判である会計検査院。この分離は、弱点ではなく制度の美点です。問題は分離そのものではなく、審判の判定が次の試合の作戦に活かされる「ループ」が細いことなのです。

結論——事前設計と事後検証を「接続」する

シン 今回の仮説に、答えを出しましょう。会計検査院は、日本最強のEBPM機関なのか。

ヴェレ 答えは、「日本最強の事後検証機関ではあるが、単独では最強のEBPM機関にはなり得ない」です。憲法上の独立性、3Eの検査観点、データ突合の実行力——事後検証のパーツとしては、日本で最も強力です。でも、EBPMは循環です。事前設計、実施、事後検証、そして次の判断への反映。このループ全体が回って初めて、政策は学習します。

シン 日本に足りないのは、検証の能力ではなく、検証と予算をつなぐ回路。事例編の国際比較とまったく同じ結論に、国内の制度分析からも辿り着いたわけですね。

ヴェレ ええ。そして、これは行政だけの話ではありません。あなたの組織にも、監査部門や振り返りの仕組みがあるはずです。問うべきは、「監査で指摘されたことが、翌年の計画と予算に反映される回路があるか」。指摘が指摘のまま棚に並ぶなら、それは審判のいない練習試合と同じです。

シン 次に「会計検査院が指摘」というニュースを見たら、無駄遣いの金額だけでなく、「この指摘は、次の政策のどこを変えるのだろう」という目で見てみてください。それが、広義のEBPMの視点です。それでは、今回の深掘りはここまで。次回もお楽しみに。

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